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毛馬のこうもんを目指して ④~閘門の内部 [大阪市都島区]

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毛馬のこうもん 毛馬閘門は水門として 大川に流れる水量を調整する役目と同時に、淀川と大川の水位差により困難となる船舶の通過をスムーズにさせるための設備であります。また、閘門 および 大川の水を強制排水するための機能も備えています。

新淀川開削に伴う淀川改修工事で計画され、明治40年(1907)、本流の毛馬洗堰(あらいぜき)と水位の違う大川と新淀川間の船舶の航行をスムーズにするため「毛馬閘門(こうもん)」が完成しました。大正7年に二代目、昭和49年に現在の三代目の閘門がかんせいしました。

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今回は貴重な近代産業遺産として平成20年に国の重要文化財に指定された 旧毛馬閘門の内部に潜入してきました。

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ダムのようなところを 階段を下っていきますと 大きな鉄扉が構えています。

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当時は 閘門の水路を遮断するのは鉄製の観音開きになっているんですね。

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大きな扉を通り過ぎると 閘門の水路にあたる部分に到達します。ここは両岸がレンガ造りになっていて とても昔風の造りになっていますね。

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閘門の仕組みをわかりやすく説明してありましたが実際に 内部に入ることで より理解できます。

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閘門の扉は すごく大きなもので 両岸のハンドルを回して開け閉めしていたそうです。

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閘門の水路に船舶が停泊すためのものでしょう。

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ここに船を結わえて 停泊させていましたが 高いところと低いところにあるのは 水位によって船の位置が違うことによるものだそうです。

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閘門の周辺には旧水路にまつわる遺物がたくさんあります。

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明治43年(1910年)に淀川改修工事完了を記念して建てられた淀川改修紀功碑です。

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その横に毛馬北向き地蔵の祠がありますが、真ん中の地蔵様はまん丸ですね。

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その周囲に「毛馬の残念石」という大きな石が数個転がっており、江戸時代に大坂城を再建するときに伏見城から運ばれた石垣の石がその途中で運搬船から転落し、淀川改修工事の際に引き上げられたものだそうです。

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一層高いところから 眺めた毛馬閘門の全体像は かつて船舶が行き来していたことを思い起こすには あまりにも静かな光景です。

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かつて 毛馬第一閘門西側にはかつて長柄運河が流れており、新淀川開削で出た土砂を海老江まで運ぶために作られたもので、閘門下流側門そばに「眼鏡橋」が設置されていました。

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現在は運河は埋め立てられたが、サク部分以外は大正3年に造られたままに眼鏡橋は修復のうえ保存されています。

なんとも 百年前にタイムスリップした毛馬閘門探検記はいかがでしたでしょうか。

大阪の淀川にこんなスポットがあったなんて 知りませんでしたが 今回の訪問で 大阪の水路にまつわる歴史がまた ひとつ分かったようです。

最後は 毛馬橋の上からの風景。

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橋の柱の形が ユニークです。

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名前にちなんで 馬の鞍の形に似せているのですね。。¥^^


さて、次回は毛馬閘門訪問の最終回。 いよいよ 毛馬閘門が動き出します。

どんな風にかは 次回の更新を お楽しみに~~~




タグ:毛馬 閘門 淀川
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